投稿者プロフィール

Q. 投稿者(ペンネームorイニシャル)
ロマンチックいか焼き

Q. 進学予定校
UC San Diego Rady School of Management

Full-Time MBA

Q. 進学予定校の地域
アメリカ

Q. 受験校
UCSD,UCLA,NUS,IE,ESADE,LBS

Q. インタビュー実施校
UCSD,NUS,IE,ESADE,LBS

Q. 合格校
UCSD,NUS,IE,ESADE

Q. 性別
男性

Q. 出願時年齢
31歳〜35歳

Q. 海外経験と期間 (例: 旅行程度の経験以外無し、学生時に1年間米国に留学、入社後2年間シンガポール赴任、etc.)
大学時代:国費留学1年間(中国) 社会人:長期出張6ヵ月(中国)

Q. 費用
社費

Q. 奨学金
未取得

Q. 最終学歴 (国内/海外・国立/私立・大学/大学院・文系/理系)
私立文系

Q. GPA
3.08

Q. 受験した試験と出願スコア (GMAT:点数(V/Q/IR/AWA)/GRE:点数(V/Q/AW)/TOEFL:点数(R/L/S/W)/IELTS:点数(R/L/S/W))
GMAT660 V35 Q45 IR4.0 AWA4.0 / IELTS 7.0(O.A)

Q. 塾
Y.E.S, Affinity

Q. カウンセラー
Lauren Goeku/ Ed

Introduction

Q. バックグラウンドや職務経験などについて、教えてください。
・トラディショナルなメーカーに9年勤務。現場工場3年、M&A経営企画部3年、営業マーケティング3年。

Why MBA?

Why 留学?
Q. なぜ、留学に行こうと思ったのですか。(そのきっかけや理由を教えてください。)


原点にあるのは学部時代の留学経験。学部時代の中国への1年間の留学が忘れられないほどに楽しく、エキサイティングな時間であったことから、社会人になっても留学したいと思っていた。また、当時各国からも留学生が来ていたが、中国語でのコミュニケーションをしており、英語でコミュニケーションが取れず、もし取れていたら沢山友達ができていたのだろうなという不完全燃焼感を抱えていた。一生抱え続けるであろう英語コンプレックスを解消し、国際交流したいという想いが燻り続けていたのだと思う。

大学卒業後は国内企業に入社、入社3年目までは四方を海に囲まれた地方にある工場で勤務をしており(最寄りのマクドナルドまで往復2時間半、東京-大阪間より長時間という東証一部上場企業(プライム)最過疎勤務地)工場をほうきや雑巾で掃除したり、トラックの運転手を原付で誘導したり、荷物の荷下ろし作業を作業着で手伝ったり、地元の運送業者のおっさんと芋焼酎を飲んだり、MBAなどほど遠い業務を続けていた。留学の想いも消えつつあり、このまま自分の人生も穏やかに過ぎていくものだと思っていた。島では自己研鑽に励み、HSK6級(中国語検定最上級)を取得して本社に帰った。

ところが入社3年目の終わりに本社の経営企画的ポジションへの異動を抜擢され(人事ローテーションの一環であるため実力というより幸運であったが)、経営企画、経営管理、M&Aといったビジネスにかかわるようになった。部署では私が最年少、私を除くメンバーのほぼ全員がMBAホルダーという環境の中で揉まれる中、書籍などで必死に経営知識を身につけてなんとかこなしていく中で、経営に関する面白さを覚えつつ、経営について体系的に学ぶ必要を痛感した。「MBA行った方がいいよ」というMBAホルダーの上司が背中を押してくれたこともきっかけで、社費MBA枠に挑戦することを決めた。

また、学部時代留学していた時や、入社5年目の蘇州で会社設立プロジェクト、社内研修の一環で米国に1週間滞在した際などに、日本だと副リーダータイプの自分が(小中学高校大学とすべて副部長ポジション、※友人より指摘が入り訂正、ビーチバレーサークルでは代表でした!)英語や中国語だとなんだか人格が変わるようで、リーダーシップを発揮して皆の輪の中心で積極的に動いている自分がおり、あ、これは自分海外適性が高いのかもと確信したことも、MBAでやっていけると確信したきっかけであった。

Q. 留学の目的や活動予定について教えてください。
「ビジネスの総合格闘技」と呼ばれるM&Aを経験し、財務、会計、戦略、マーケティング、税務等の幅広い基礎的知識が求められる状況にいた際、周囲のMBAホルダーたちが流れるように業務をこなしていくのを目の当たりにし、自身もこれらビジネスの基礎を体系的にきちんと学びたいと思ったのが最初の目的。ただし自分なりに調べたり、周囲のMBAホルダーに話を聞く中で、「MBA=万能」というわけではなく、各分野において自己研鑽を続ける必要はあるのだが、少なくとも土台となる知識を体系的に身に付けられることを目指そうと思っている。また、その中でも自分の得意分野、興味のある分野を探し出し、磨き上げていければ良いと思っている。その他の目的としては以下。

①日本の製造業プレゼンス向上に貢献する
ITやソフトにおいては米国をはじめとした諸外国に完敗している日本だが、製造業については未だに「メイドインジャパン」のクオリティは別格である。それは自分が金属資源や素材を各メーカーに供給している仕事を通じても感じており、日本産業の強みである製造業が復調することに日本再建のキーは眠っていると確信している。一方で、地方には世界トップのニッチ技術を持った素晴らしい経営者のいる中小企業が数多く眠っており、それらが人知れず外国との競争や国外マーケットに活路を見出せず倒産していく状況が歯がゆくてならなかった。自分がMBAで学び、海外とのネットワークを繋ぐような仕事(それが資本関係でもマーケット開拓でも良いが)で貢献したいと思った。また、会社はコングロマリッド型事業のため、社内にも無数の技術やマーケットが眠っており、CVCや投資でそれらを活性化させたかった。

②英語でビジネスをやり切れる圧倒的自信を身に着けるため
英語はMBAを志した際、TOEIC800点後半あったが、実務を完璧にこなせるレベルでは全く無いことは自分がよく分かっていた。また、学部時代から自分の周囲には帰国子女が多くおり、英語が自信を持って使えないというコンプレックスを今後一生涯抱えて生きていくのは嫌だった。所属していた組織ではロクに英語もできない40代が海外部門のマネージメントなどを担当し、多くの悲劇惨劇茶番が繰り広げられるのを目の当たりにしていたので、このままではまずいという危機感もあった。日本でも英語は勉強できるという意見が有るかもしれないが、中国語学習のために留学を経験した身としては圧倒的に語学習得の効率の面からも現地に行く方が良いことを理解していた。

③多国籍の優秀な学生たちと切磋琢磨したい、広い視野を得るため
入社以来一貫して同じ会社に約9年間勤めたこともあり、自分の価値観が相当に凝り固まっていることは自覚していたので、一度どこかでぶっ壊して、広い視野で物事を見るべきであり、その素地を多国籍の学生と切磋琢磨して学ぶ中で身につけたいと思っていた。

④高い熱量を持ち、困難にチャレンジする経験をするため
社内には仕事へのモチベーションを失った人が大勢いる状況というにあり、同僚と話をしても、基本的に一生涯自社にいて、どういうローテーションで進んでいくかといった話であり、そしてその話がまったく心躍るものでは無かった。自分もこのままこの環境に染まっていってしまうのではないかという恐怖心が日々背中を刺し、20台特有というと語弊が有るかもしれないが、喉の乾くような苛烈な焦燥感に駆られていた。生涯寿命が延び、現在30歳前後の2人に1人が100歳まで生きるというこの時代において、人生を一つの会社の狭いシステムの中で生きていくことにフルベットすることは非常にリスキーであり、同時に自分が望む生き方ではないと自覚していた。会社に骨を埋めるにしても、外に出るにしても、何か大きな挑戦をやり遂げたいという思いに駆られており、そのエネルギーの変換先としてMBAがあったのかもしれない。

⑤どこでも丸腰で飛び込んで生きていける自信を得るため
業務を通じて得られるスキルとしては社内でしか通用しないものも多く、転職市場において自分の価値が年齢と共に下がり続けていることにも気づいていた。尊敬できる先輩社員も多くいる中で、既に先輩社員の中には「会社にしがみつく」ことを決め込んでいるような人もいて、自分はこうなりたくないと思った。

基本的に会社の人やカルチャーも大好きで、可能な限りずっと勤めたい思っているが、もし理不尽なことや、自分が熱意を持って取り組める仕事以外のことをやらなければならないとき、最悪「いつでも笑顔で辞表を叩きつけられるような人間」になりたいと思った。そんな中、MBAは学歴や英語力だけでなく、ネットワーク作りにおいても自分の市場価値を高めることができるのではないかと漠然と思った。

Q. 留学後のビジョンを教えてください。 
会社に戻った後は新規事業創設ビシネスに関わりたいと思っており、数字の面からも投資と経営の両方を支えられる人材として会社と社会に貢献したいと思っている。しかしそれ以外は未定である、この2年間でどれだけ自分が変われるのか、予測不能な未来も楽しみにしている。先が分からないことに対して今はワクワクとしている。

Preparation for Application

<概論>
留学を考え始めてから、実際に受験するまではどのようなスケジュールで準備をしましたか。
【2020年】

1月下旬:社費MBA応募、力試しに受けたIELTSでOA 6.0

3月下旬:社費MBA派遣の合格通知を受ける。IELTSの勉強に注力する。

6月:MBAドットコム交流会でRadyのアドミと日本人卒業生と接触、少人数スクール、アントレの独自カリキュラム、まだ歴史の浅いチャレンジしていく校風、西海岸の最高の気候などを聞き、Radyへの憧れを募らせる。

4月~8月:月1回のペースでIELTSを受ける、スコアは6.0-6.5付近を彷徨う。

9月中旬:IELTS OA7.0を達成。Reading8.5で突き抜けることができて一安心。

10月中旬:長女が誕生、暫くは子育てに追われる。一方で新型コロナウイルスが世界で大流行をしており各校オンライン授業となっている現状を知る。今年度の受験は諦めることにして、社費期限の2年間ギリギリである2022年intakeを目指すことにする。一方でGMAT対策としてY.E.Sに通い始める。

【2021年】
3月上旬:本格的に勉強再開。

4月上旬:Y.E.Sの文法コースとSCコースを一通り終え、過去問を実践する日々。

5月中旬:実力試しにとGMATを受ける、540(V21,Q44)に衝撃を受ける。

6月下旬:MBAドットコム交流会でe-GMATというインド発のGMAT対策サービスを知る。半信半疑ながらも登録してみる。

7月下旬:再度GMATを受ける、520(キャンセルのため不明)に衝撃を受ける。R1での出願を諦める。

8月上旬:GMATへの取り組み方がまずいのだと判断。冷静に戦略を立てることにする。自分の得意分野であるRCを伸ばすためにアフィニティのRC講座ABを受講する。SCとRCはe-GMATで練習を繰り返す実践方式にすることにする。

9月初旬:カウンセラーに外国人を雇うのはやや不安感もあり、たまたまサイトで見つけた某カウンセラーが日本人かつ700ユーロの破格であったために契約してしまう。しかしメールのレスポンスも遅く、アドバイスもありきたり、かつ、英語の添削はしてもらえないというエッセイサービスにしては致命的に使えないことが判明。イライラを募らせながら気を遣いながらもやり取りをしつつ(カウンセラー側はなぜか喧嘩腰(笑))、1か月近く掛けてIE向けエッセイを完成させる。しかし自分でみても良い出来には思えず、カウンセラー選びに迷走するうちにR1を過ぎる。※結局この時完成したエッセイは原型を留めないほどに修正されることになる。

10月下旬:GMAT630(V35, Q41)を取得。試験終了後のモニターを見て一安心、いよいよ本格的にエッセイに注力できると確信を持つ。UCLAを除く他校はこのスコアでインタビューまで進めると判断。カウンセラーを損切りして他のカウンセラーと面談をするもしっくりくる感じが無く迷う。

11月初旬:信頼できるMBA卒の大学の先輩に相談、「ローレンいいんじゃない?」とローレンを紹介してもらえる。ローレンと面談、フィーリングも合い、即契約。心が晴れた。Radyの先輩にもエッセイを見てもらいながら修正をする。

12月:ローレンと推薦状、エッセイ作成、並行して地元の英語塾に通って対面でのインタビューの練習を行う。この時期がMBA受験生活でも一番楽しかったかもしれない。年内にすべての出願校への出願を完了させる。NUSとUCSDから即インタビューの連絡。

1月:各校インタビュー。サテライトオフィスの1室で上半身スーツで臨む。初回のNUSは1月4日、なんとTeamsのカメラが上手く機能しないトラブルが起き、急遽スマホで対応する。非常に出来もイマイチで落ち込む。その後気持ちを切り替えてUCSD,IE,ESADEと面接に臨む。UCSDは自分の持てる力の全てを使ったと自負できる面接であり、これは合格したかもしれないな‥‥とやや確信を持てた。

1月20日:深夜にGmailをチェックすると、UCSDより「結果について個人サイトにアップロードしたので確認してください」と事務的なメールが来ており、これは落ちたパターンでは、と恐る恐るページを開くと、「decision letter」で入学許可を伝える英文が並んでいた。大学受験に合格したときと同じように嬉しく、あまりにも嬉しくて一晩寝ることができなかった。多分この瞬間は生涯忘れないと思う。妻に喜んで報告するも、うるさいから早く寝ろと平手打ちを食らう。

1月後半:IE、ESADE、NUS、UCSDと4連続で合格する。ここまで合格すると思っていなかったので、慌てて進学先の在校生や先輩に毎晩のように話を聞く。オファーを持っている状態で面談すると在校生や卒業生との会話は非常に盛り上がり、時折笑い声が部屋に響いたので、妻からは寝ている子供が起きると平手打ちを食らう。

2月初旬:遊び半分で受けたGMATで微増、660(V:35, Q:45)。UCLAに追加で連絡するにも微妙なスコアであり、進学希望がIEとUCSDで二択になっていたので、この時点でどちらかに絞る。IE進学予定者とフィーリングがものすごく合い、この人たちと一緒に勉強したいと思い、UCSDに傾いていた気持ちから毎日悩む。UCSDの日本人合格者第一号が私であるため、UCSDはネットワーク構築ができず。

2月下旬:推薦状を書いてもらった上司から連絡が入り「LBSから身元確認のようなメールが来てるから返信しといたよ」と言われた翌日にLBSからインタビューの招待を受ける。LBSについては音沙汰も無かったので完全に諦めていたが、ここまできたらチャレンジしてみるかと面接にトライすることにする。

3月上旬:外資日本法人の社長をしているアラムナイと面談、緊張感からか早口で会話を進めてしまい、最後の面接としては失敗してしまったかなとやや反省する。(結果は4/7報告予定)。これも偶然なのだが、なんとインタビューを受けてくれた方が学部時代がUCSan Diegoに所属していたことを知り、正直にUCSDからもオファーが来ており悩んでいると伝えると、UCSDがいかに素晴らしい環境か、カリフォルニアでの生活は最高であったとLBSのインタビューで熱く語ってもらうという不思議な空気になる。4/7 LBSがWaitlist入り。⇒5/13 LBS Waitlist継続、UCSDに進学を決定。

Q. 大学院や受験方法についての情報収集はどのようにして行いましたか。(Info session, OB/OG訪問、Campus Visitなど)
学部時代のMBAに行った先輩経由で色々と進め方や情報を取っていました。情報収集については当初インターネットやTwitterなどを使って収集していたが、情報に偏りが有ったり玉石混交といった印象もあり、すぐに辞めました。自分の信頼できる人にまずは肌感覚を確認してから、情報収集に臨めればいいと思います。

MBAを目指す人の9割は挫折すると言われており、Twitterを始めとしたインターネットの情報との付き合いかたは気を付けたほうが良いと思います。そこに転がっている情報は本質を大きく外れていることも多いです。私も合格後にSNSは開始しましたが、それまでは見ないようにしました。

Q. 受験準備にかかった費用について、教えてください。 
約120万円。
IELTS:10万円(スピーキングのBest Teacherのみ)
GMAT:50万円(YES、アフィニティ、e-GMAT、参考書)
カウンセラー:30万円
面接対策:約30万円(まだLaurenから請求が無いので正式には不明)。

Q. 留学にあたって、必要費用(受験費用や、進学後の授業料・生活費等)はどのようにして調達しましたか。
貯蓄+当時伸びてた米国株売却益、進学後は会社支給

<スコアメイク>
Q. TOEFL/IELTSについて、準備方法、苦労した点、工夫した点などを教えてください。 (科目別(R/L/S/W)の勉強法、使用した塾や教材に対する感想、受験履歴など)
IELTSについては塾に通わず独学でクリアすると自分で決めていたので、参考書で勉強しました。
紫色の公式過去問をやりこむことでそれなりのスコアがRとLについては期待できると思います。11-15ぐらいまでを買い込んで、何度も時間を測って解いていました。当初よりTOEFLは捨ててIELTSに絞って臨んだので、効率は良かったと思う。所説有ると思いますが、概ねIELTSの方がスコアは出やすいと思います。

【要旨】
GMATのスコアについては「600以上取ればとりあえずアジア、欧州のトップスクールには受かる、それ以上の600点台を積み重ねてもあまり意味は無く、600-680は同列、690以上ぐらいまた差が出る」という先輩のアドバイスに従い、600点台中盤を狙ったスコア取りを目指しました。米国の場合はGMAT基準が高い学校も多いのですが、Radyの場合は日本人合格者ホームページでスコアも公表されており、概ね650あたりから合格がでていたので、ひとまずはこのレンジを狙うことで正しい戦略であったと思います。インターネット上や、合格体験記には高スコアの人で溢れており、700は取れないといけないみたいな空気も一部あったりしますが、実際の受験者の肌感覚みたいなものが正しいので、米国のトップスクールを除いてまずは600を目指すことをお勧めします。逆に言うと600を取れないと合格者が一気に減り、苦しくなります。入学後の印象でも、500点台の人は授業についていけず苦しんでいたり、インターンシップ応募の際にGMATスコアを提出して落とされたりということも聞くので、MBA入学後に必要になる要素の詰まっている試験ではあると思います。

【勉強法】
最もクリティカルに効いたのはインドのE-gmatというオンラインサービスです。解説がインド英語でなまりが酷いのですが、聞いているうちに全く苦にならなくなります。それどころか非常に丁寧な解説動画が豊富についており、さらに自動で模試を作ってくれるフォームもあるので、時間を見つけてはRC2題、CR5題、SC5題、みたいなミニテストを30分などで時間を設定して解きまくっていました。GMATは「慣れ」と「運」の要素が強いテストであり、真面目な人ほど正攻法アプローチをして苦しんでいる印象があります。テクニックやアプローチについてはY.E.Sとアフィニティが日本語で丁寧に教えてくれますので、その辺りは一通り受けても良いと思います。あとはGMAT prepを購入して、ひたすら本番形式の試験をやって試験慣れをすることを心がけました。

【Math】
・マスアカ2周した後、e-GMATで練習をしました。昔から数学が大の苦手であり(高校時代からなにもしなくて学年最下位をよく叩き出していた)。まあなんとかなるかな…と思いながらも最後まで上手くスコアメイクできなかったのでアドバイスできることはあまり有りません、なんとかなりませんでした(笑)。

私が今回のMBA受験で得た人生論として「得意を伸ばして生きる」ということですので、私が学生時代から得意だった読解力(現代文とReadingは高校時代から何も勉強しなくても校内トップの成績をよく叩き出していた)でIELTSもReading8.5, GMATもRC満点のV35で乗り切りました。人それぞれ戦い方は有ると思いますが、苦手を伸ばすのは時間がかかりますし苦しいので、得意を伸ばしてカバーするのも1手かと思います。

【SC】
・E-gmatで相当数の演習を行い、YESの文法コース、SCコースをひたすら復習することで得点源とできた。自分にとっては初めて通った塾がYESであったので、GMATとは、GMATのSCとはといったことを肌感覚で学べるすごく良い場所であった。また、他の受験生の顔をみることができたので、あ、こういう人たちがMBA目指してるのかあという感じが分かったのは良かった。

【RC】
・Affinityの授業を受講。ロジカルに正解に導いてくれるのでとてもありがたい授業であった。また、ここでしか学ぶことができないテクニックも学ぶことができるのでRC得点源としたい人にとってはお勧めの授業。

【CR】
・CRについてはe-GMATで一通り過去問を解くのにとどめた。勉強しても伸びる可能性がこの3つの中で一番低いと思われたので、慣れていくしかないとプライオリティを下げた。

【IR・AWA】
・MBA受験を通じてトータル1時間も勉強しておらず、前日にフォーマットを叩きこむのみ。GMAT受験中も脱力して適当にクリックしていた。

【メンタル管理】
500点台を彷徨っているときなどは「このままMBAに行けないかもしれない」という不安に襲われることもあります。先ほど申したように運の要素も強い試験ですので、掛けた時間がそのまま成果に現れにくい試験でもあります。その前提知識があっても落ち込むものは落ち込むので、メンタル管理のために運動、食事、睡眠はしっかりと取ったほうがいいと思います。特に有酸素運動後の頭脳は冴えている気がしますので、私はGMAT試験前日はたっぷり寝て、午前中からジムで走ってサウナで整えてから試験に臨んでいました。それから「がんばれ元気」「スラムダンク」「メジャー」「二月の勝者」あたりはモチベーションを高めてくれる漫画でしたので、そういうモチベの上がる漫画を読んで回復していました。ちなみにもしかしたらMBA合格体験記とあまり関係無いかもしれませんが、がんばれ元気の芦川先生は僕の初恋の人です。


Q. 上述のカウンセラーに決めた理由、及び当該カウンセラーに対する感想を教えてください
最悪なカウンセラーを最初に契約してしまったため、絶望していた際、MBAに行った先輩から「ローレンいいよ」と紹介を受けて初回インタビューセッション。人柄もサービス内容もすべてに満足しており、本当に安心できるかカウンセラーでした。あえてデメリットを挙げるとすると、佳境に入った1月や2月頃はローレンも忙しくてなかなかメールの返事が来ないことも多かったので、手取り足取り、毎日コミュニケーションとったり、安心した言葉をかけてもらってメンタルを安心させたい的な心配性の人は向かないかもしれません。自分はどちらかというとどっしりと構えて、やりたいことも決まっているのでそんな大枠は直さなくていい、英語だけきちんと直してほしいといったスタンスでしたので、合致していました。

Q. エッセイについて、準備方法、苦労した点、工夫した点などを教えてください。
実はエッセイ作成が最も楽しい作業でした。日本語で原案をスターバックスなどで作り、英語に翻訳して、それからローレンにチェックしてもらってを繰り返しました。特に他人のエッセイを参考にすることもせず、自分が本当に思っていることを素直にタイピングしていく作業であり、軌道修正してもらいつつ、自分の考えが纏まっていく作業が好きでした。

Q. 推薦状について、準備方法、苦労した点、工夫した点などを教えてください。
社費でしたので、仕事ぶりをよく見てくださっていた部長と、個人的にも仕事でも交流させていただいていた副社長にお願いしました。お二人ともMBAホルダーであり、快諾してくださりました。未熟な私を推薦してくださり感謝しかありません。

Q. インタビューについて、準備方法、苦労した点、工夫した点などを教えてください。
高額なカウンセラーとオンラインで1時間数万円取られてダメだしされてボコボコにされるなら、対面で数千円のインタビュー練習を気持ちよくこなしたほうがよいと判断し、地元の子供たちが通うような英語塾で1時間4,000円程度で20回ほど練習しました。対面であることの差は大きいと個人的に思いますし、数をこなすことも大切だと思います。ただ、インタビューの所作について色々細かく知る必要ありますので、1回はそういうカウンセラーと面談しておくこともいいと思います。私の場合はローレンにお願いして2回やってもらいましたが、十分でした。

Q. エッセー及びインタビューを通じて、自己PRとして、どのような内容をアピールしましたか。
CVとエッセイに沿った内容が聞かれますので、その辺りの質疑応答を準備しつつ、後は学校に入りたいという熱意を伝えました。卒業生、在校生から聞いた話を盛り込むことで本気度も伝わると思います。あとは米国のトップスクールを除くと、アドミが見ているポイントとしては「英語できちんとコミュニケーションを取れるか」という点は日本人に対して特に有ると思います。自然な会話を心がけ、会話を楽しむぐらいの気持ちで臨むといいと思います。

<学校選択>
Q. 受験校はどのように選択しましたか。
明確な軸は後付けになるような気も致しますが、概ね下記です。

①期間が最低1年半~2年のカリキュラム②アントレに強く、入学して早期の段階で起業できる③カリキュラムがフレキシブル④競争的ではなく協調的な校風⑤温暖な気候

Q. 進学校の決め手は何でしたか。 
卒業後に新規事業やCVCをやりたかったので、アントレに強いところ、フレキシブルなカリキュラムがあるところ、自由な校風であること、できればスモールスクールで競争的ではなく強調してクラスメイトと進めていけるような文化のある学校を選びました。私は学部時代を慶應湘南キャンパスで過ごし、SFCの「フレキシブルなカリキュラム」「ダイバーシティ」「何か新しい面白いことやろうといった雰囲気」、来ている学生の「スノビッシュ」でも「アカデミック」でも無いこじんまりした雰囲気が大好きでしたので、SFCに似た学校にしようと決めていました。そんな理由から、設立年度も若く、アントレに強く、スモールスクールであり来ている学生も皆コラボレティブなRadyの雰囲気に惹かれました。更に海に近い立地なども湘南を想起させ、この環境で学びたいと思えました。今でもSFCの友人とは毎週のように飲んだり家族ぐるみの付き合いをしているので、こういう友人関係もスモールスクールで穏やかな人の多いRadyなら築けるとアラムナイに会う中で確信したのも大きかったです。

また、これは学部時代に2箇所(北京と上海)で留学を経験して感じましたが、気候と街の雰囲気は学校選びに相当重要であることが分かっていました。当時私は名門の北京大学に進学したかったのですが、国費留学プログラムでは上海の大学に選んでもらい、ちょっとがっかりしつつ上海に向かったのですが、比較的温暖で開放的な文化のある上海で最高の1年間が待っていました。一方で北京に進学した友人はマイナス数十度の冬の数か月をほぼ寮の中で過ごし、閉鎖的な雰囲気の街や日照時間の少なさから精神的にダメージを受け離脱者が出ている状況も聞いている中、上海で365日アクティブに動けたのは結果的に良かったと思いました。

従って誰もが最高だと口を揃えて言う、サンディエゴの西海岸特有の温暖でパリッとした気候で学ぼうと思いました。また、1年~1年半では少し期間が物足りないので、2年+サマーエクステンション2ヵ月の長期で滞在して学べるRadyのプログラムにしました。私の場合は家族で行きますので、治安やキャンパスのある街の雰囲気も気にしていましたが、全米でビバリーヒルズに継ぐ高級住宅地であるラホヤにキャンパスが位置していたのも決め手でした。同期になる人々が非常に魅力的で、この人たちと学べるならIEに行きたいなと本気で思い最後まで迷ったIEですが、スペインにある学校なのでどうしてもスペイン語と切り離せないことがネックになりました。もちろんスペイン語を学ぶ機会がありすごく魅力的なのですが、私の場合はまだ英語が完璧ではなく、スペイン語まで勉強するとなると双方中途半端になる恐れが有りました。また、アラムナイに聞いたところスペインの学校では沢山の魅力的なイベントが開催されるものの、多くがスペイン語での開催となるので、日本人はなかなか参加できないという話も聞き、生活環境で英語が使える米国の方が自分には合うと判断しました。

そういう意味ではランキングはあまり気にしておらず、仮に就職する場合にもし影響が出るのであれば困るかと思ってRadyの卒業生に話を聞きましたが、GAFAを中心に有名企業に入社している方々が数多おり、国内は当然ながら、米国のAmazon本社などでもアラムナイがいること確認しました。転職カウンセラーをしている友人にも相談してみましたが「ぶっちゃけM7と呼ばれる米国トップMBAを除くと、どこでとってもMBAはMBAだから日本で就職する場合は変わらない」と言われたのもランキングがまだ高くないRadyを選ぶ決め手にもなりました。

<その他>
Q. キャンパスビジットを行った場合、実施時期や内容について教えてください。(ビジット実施校、実施時期、実施内容、訪問した人、選考においてどのような効果があったか、など)
コロナ禍によりキャンパスビジットはできませんでした。

Q. 奨学金に応募をした場合、奨学金の内容や応募方法などについて教えてください。
なし

Advice and messages

Q. 失敗談や後悔していること、もっと早く知っておきたかったことなど、今後受験する方々へのアドバイスがあれば教えてください。
インタビューの結果待ちが非常に苦しい時間でした、1校でも合格が出ていると精神的に楽というのはまさしくその通りで、1stラウンドで1つ抑えておくことができていれば相当な心の余裕を持って望めたと思いますので、多少GMATが足りていなくても、1stで一つ出しておくことはとても大事な事でした(デポジットのコストがかかりますが、例えばアドミと交渉して3月末まで伸ばしてもらうなど交渉の余地は色々とあります)。

自分は仕事、子育て(山本美月似の美人な妻が殆どカバーしてくれましたが)、勉強と3つが重なってしまい、メンタル不調から寝れなくなり医者に薬を貰って乗り切りました。特にGMATでスコアが出ないときなど、暗闇の中を走っているような気分で非常に苦しく、簡単に人ってメンタル壊れるのだなという経験をしました。忘れもしないのですが、Radyの合格を貰った瞬間からふっと解放された気持ちになり、今では毎日爆睡している日々です。周囲でも体調を崩している人も多かったのですが、自分だけそうなのだと思わずに、これを乗り切ればあと少しだ!と思って頑張ってください。

Q. 一言メッセージ
MBA受験はプロセスも含めて自分の価値観と向き合う非常に良い時間となります。私の場合は合格先から進学先を選定する過程において、自分の価値観や将来のプランを問われることとなり、じっくりと考える必要に迫られることで自分と向き合うことが出来ました。受験期間中はいろいろと大変なことも多いと思いますが、自分の信じる道を突き進んで下さい。

受験プロセスを経て思いましたが、MBAの門戸は誰にでも開かれている、だからこそ価値の衝突も生まれるものだと思います。色んな人が交わる交差点のようなであり、それは進学前にも進学後でも感じる事だと思います。どうか、ご自身で選択した価値を貫いてください。